薬剤師のど真ん中 –クリアランス理論に基づいた薬剤師による本質的な薬物治療マネジメントとは?– (講演要旨下書き)

印象悪いかな。。。

 

降圧薬Aを飲んでいた患者さんの血圧が低いです。最近、降圧薬でない他の薬剤Bが追加されました。Bの添付文書を見たら降圧薬Aの代謝を阻害するため、薬剤Aの降圧作用を増強させる可能性があるため併用注意となっていました。「◯◯先生、相互作用により血圧が低下したと思います」あるいは「◯◯先生、相互作用により血圧が低下した可能性が否定できません」 薬剤師らしい仕事でしょうか? そもそも本当でしょうか? 薬剤Bの併用により薬剤Aの血中濃度はどの程度上昇し、その上昇の程度は降圧効果にどの程度影響を与えるか考察したのでしょうか? そのデータがない場合に、その程度をある程度定量的に評価したうえでの情報提供だったでしょうか? 薬剤師のど真ん中である薬学という学問は、本来、効果やリスクを定量的に評価するための学問です。単に添付文書に書いてあることを伝えるのは中学生でも可能です。起こり得る可能性を定性的に説明するたけであれば高校生でも可能です。薬剤師の本質的なあるべき能力は添付文書に書いてあることが妥当かどうか定量的に考察できる、目の前の患者にその情報を適用可能か定量的に考察できる、患者個別に適した薬物治療マネジメントを定量的に考えて提案できる。それが薬剤師の本来のど真ん中の仕事ではないでしょうか?AIが注目されています。添付文書やガイドラインに書いてあることをただ伝えるだけの仕事はもう既にAIが可能です。腎機能が悪い患者への投与量の情報も伝えるだけなら有用な本を医師や看護師が持っていればいいだけだし、その情報提供であればAIで代替可能です。

 薬剤師なんだから、「薬剤Aと薬剤Bの併用では、相互作用試験のデータはないですが、薬剤Aのクリアランスにおける代謝酵素XXの寄与の程度と、薬剤Bの代謝酵素XXへの阻害の強さからは、薬物Aの血中濃度は◯◯倍程度上昇する可能性が考えられ、降圧作用がかなり強くなると思われますので、薬物Aを1/△程度まで減量したうえで、今後も血圧を慎重にモニターした方がいいと思います」って言える薬剤師になりたくないですか? 「患者のeGFRはこれくらいですが、これくらいの体格なので実際のGFRはこれくらいで、この薬剤Cの腎排泄の寄与は□%なので、具体的な推奨用量は添付文書に書いていませんが、◯倍位に血中濃度が上昇することが考えられ、この薬剤Cは過量になると中枢性の副作用が起こやすくなり危ないので、△mg位に減量するのが妥当だと思います」って考えて言える薬剤師になりたくないですか?このような考え方が出来てこそ薬剤師として薬物治療に本質的に貢献できます。このような理論的な考え方や情報提供は本当に役立ちますし、そうでなければなりません。薬剤師なんですから。この薬物動態学的な考え方の根本がクリアランス理論の理解です。簡単ではないです。プロとしての薬剤師の武器なんですから。でも凄い難しいわけでもないです。それを少しでもわかりやすく、聴講者全員が理解できるように伝えたいと思います。もし、わからなくても、わかるまで復習すれば良いだけです。皆さまはプロなんですから。

セッション名: シンポジウム 「◯◯認定薬剤師に求めるもの」 の要旨下書き

セッション名: シンポジウム 「◯◯認定薬剤師に求めるもの」 の要旨下書き

 

✕✕専門・認定薬剤師の一人として想うこと

 

現在、専門薬剤師や認定薬剤師等の制度は約30団体・45種類にも及ぶ。薬剤師の活動範囲が広がる中、多くの専門・認定薬剤師制度が立ち上げられ、質の担保に懸念の声もある。学会の大きな収入源との批判も聞こえたりするし、大きな収入源であること自体は事実だと思う。

私も✕✕専門・認定薬剤師のほかにも、複数の専門・認定薬剤師の資格を取得しているし、認定制度のための試験や研修にも関わっている。しかし、専門・認定薬剤師の制度についての懸念がないといえば嘘である。

なぜ私が✕✕専門・認定薬剤師に限らず、専門や認定の資格を取得したかといえば、ひとつはその領域に関わる仕事をしている以上、「一定の質の担保を得ているという証がほしい」、「持っていたほうが薬剤師として評価される(だろう)」という、いわば自己満足的な欲求が強いというのが正直な動機である。ただし、そのための試験勉強や介入症例の作文などは自分の不十分な点を見直すきっかけにもなったし、専門や認定を取得したことで様々なチャレンジや勉強の機会をいただき、更に向上できたことやモチベーションを得ることも出来た。そして、同じ領域で向上しようとする仲間との繋がりができ、困ったときに相談することや、一緒にセミナー等を企画したりすることもあり、そのような取り組みがその領域のボトムアップに繋がり、結果的に患者や社会のためにきっとなっているという実感や責任、共感を得ることもできた。また、施設内では、その領域のリーダーあるいは相談役となって、適切な助言をすることも大事な役割だと思う。

ただし、実は一部の認定については更新するのを辞めたり、諦めたりしている。それは、ひとつは自分にはメリットが感じられない認定であり、ひとつはその領域にほとんど関わらなくなったためである。無理に自己満足だけで取得・維持するものではないと思う。

プロとして仕事に重要なのは、純粋意欲、存在意義、共鳴行動の3要素である。専門・認定薬剤師制度がそのために有用であれば、それで良いと思う。ただし、存在意義として専門・認定薬剤師制度が本当に有用なのか、それを示していかなくてはいけないと思う。そうでなければ、専門・認定薬剤師と団体の自己満足であり、社会に対して質の担保が示せていないことになる。それを示すためには、専門・認定薬剤師自身も認定する団体も覚悟を持って、制度のアウトカムを設けて真摯に取り組むことしかないのではないだろうか。批判は簡単なので、新しいことに批判はつきものである。しかし、その批判には反論できるエビデンスがなくてはいけない。私も頑張ろうと想う。

母のこと

1月16日(月)の早朝、母が亡くなりました。昨日と本日に近親者のみにて通夜と告別式を執り行いました。生前にお見舞いのお言葉等を頂きました皆様方にお礼申し上げます。

母は、第二次世界大戦勃発の年に東京で生まれた後に、現在の北朝鮮で幼少期を家族と過ごし、終戦時に父親(私の祖父)はシベリアに抑留され、生みの母親(私の知らない祖母)は北朝鮮で亡くなり、日本に帰国した後は、親戚の家で従妹らと暮らしました。母には妹がいましたが、帰国後すぐに4歳で亡くなったそうです。母が帰国して2年後に父親(私の祖父)がシベリアから帰国し、その後は父親(私の祖父)と再婚した母親(私の祖母)との3人で東京で暮らし、大学の英文科を出て、就職した後に父と結婚しました。以前にも書きましたが、教育者で3人の息子を大学までいかせました(僕は出来が悪いのですが)。苦労の多かった母かと思いますが、ここ10年くらいは英語が堪能なこともあり、海外旅行を楽しんでいました。とにかく英語が好きで、いつも勉強していました(おかげで僕は英語嫌いです)。そして、孫たちが大好きで、亡くなる前も孫たちの名前をうわ言で言っていたようです。棺の中には、祖母の絵と、英語の本と、孫たちの手紙を入れた後に花をいっぱいに詰めました。
母親の亡くなる前日にお見舞いに行ったら、痛がって苦しがっていたので、看護師にお願いしてモルヒネのレスキューをしてもらい、子供ら(孫)の写真を見せたら、笑った後に眠ったのが僕との最後でした。その翌朝に父が見守るなか静かに息を引き取りました。母親はあと10年位、海外旅行を楽しんだり、孫の成長を見守りたかったはずなのが無念ですが、闘病中はみんなじゃなくて私が癌になってよかったと口癖のように言っていました。人に迷惑をかけるようなことが嫌いだった母は、見舞いに行くたびに、来なくてもいいとか、皆に元気だったと伝えておいてと言っていました。命日を選んだのか、僕の大きな仕事の日は命日も、通夜も告別式も四十九日も丁度避けています。仕事ちゃんとしろって言われているみたいです。明日から大津で会議の出張で、京都に向かっています。それも偶然なのか、僕は大阪で生まれて育てられたので帰りに大阪によって、生まれ育った町を母を偲んで歩いてから帰京しようと思います。これからも家族を大事に仕事も頑張って強く生きていくことが供養だと思って一生懸命生きようかと思います。

母が癌になって

あけましておめでとうございます。
新年早々ちょっと明るい話ではない長文ですが、お許しください。
昨年は息子の幼稚園入園、娘の小学校入学と七五三が我が家の主なイベントでした。
11月上旬に娘の七五三と母の喜寿(77歳)のお祝いをしました。
その後、11月末に母に用事があり、実家に電話したところ、父が出て、母は癌とわかり入院しているとのこと。は.? 1か月前の喜寿のお祝いでは完食していて、元気だなと思っていた先のことで、まさかでした。母は僕と次男(北海道在住)は忙しいから伝えるなと長男のみに知らせていました。検査の結果、既にステージ4の進行胃癌で肝転移もがっつりありました。化学療法開始して退院するも、10日後には病状悪化し再入院となり、少し持ち返して年末に退院するも、状態はさらに悪くなりほぼ寝たきりとなり、また父も84歳と高齢で、元旦夕方にこれ以上は自宅での介護は不可能と判断して、再入院となりました。喜寿のお祝いが出来て、元旦は家族全員で自宅で迎えて、子供らを会わすことが出来たことは良かったと思います。が、もう永くはないでしょう。
母は、強烈なキャラで、いわゆる教育ママで息子3人を大学まで行かせました。兄二人は頭が良くて真面目で現役で国立大ですが、僕は中学で登校拒否したり、親の金を盗んでパチンコ行ったり、高校生でもタバコ吸ったり、バイクで通学したり、家出したりと、まあ心配かけました。持ち前の調子の良さで三科目受験に絞り奇跡で私大には行けましたが。昔はいつも怒鳴られていましたが、僕の結婚式では泣いていました。僕のことで泣いているところを初めて見ました。強烈な母だけど、まじめで優しい母で、祖母が亡くなったあとはずっと祖母のお世話になった施設でこの間までボランティアでお手伝いをしていました。なんてことを、この1か月、病院や実家を通いながら思いだしていました。
また、あまり詳細は書けませんが、病院、医師、薬剤師、看護師などの医療者、患者、家族、病気、介護、お金、保険、社会、色んなことを考えさせられました。特に、医師、患者(母以外)、患者としての母、家族、親戚の意思や想いの違いを感じられずにはいられませんでした。そして、この国の高齢化社会格差社会はもうヤバいレベルなんだと感じました。当事者にならないとわからない自分も含めて問題なんですが。
ということで、この1か月バタバタしており、今年の抱負とか全然考えられる状況ではありませんが、それでも家族と仕事は大事に自分なりにしっかりしようと思います。

なんちゃって管理職

・自分は多くの人をまとめるのは苦手だし、向いてないけど、やりがいはある

・自分ペースで楽をしていてすみません。無理して余裕なくなるとむしろ色々迷惑かける結果になるので、、、
・がんばっている部下を支援したい。皆のやりがいを見出してあげたい。若手の主体性や積極性、底上げを支援したい。もうちっと余裕のある職場にしたい。なんとかしたい(笑。
・あんまり自分の思い通りにしようとしないほうが良さそう。ただでさえ浮いた存在なのに歳とってジェネレーションギャップが更に激しくて戸惑っている(笑
・生き生き仕事している部下がいることが嬉しいし、みんながそうなってほしい
・いろんな立場の人がいて、いろんな想い(不満や期待、悩み、価値観)があるんだなと。
・皆の権利は守られるべきだし守りたい。そのニーズに社会の仕組みが追いついていない。海外と同じ様になるには他の制度の改革(犠牲)が必要。
・いろんな立場の権利があって主張できる環境も大事だが、主張しにくいような立場の人もいる。
・立場間で権利や主張の対立も起きる。とにかく皆が他者を思いやることが大事(誰かに極端に負担がいかないように)。
・皆がスパーマンである必要はない。でも、スーパーマンがいると助かる。あまり依存しないようにきをつけたい。
・僕みたいな異端児は極力少ないほうが管理面からよいけど、異端児も大事にしたい(笑
・職場としての使命からは逃げない(しょっちゅう逃げたくなるし、たまに(よく?)逃げるが、、、)。
・大事なことは医療人としての倫理感、プロフェッショナルリズム。
・より良い自分や家族や社会を想って仕事します。
・なんだかんだいって、うちの職場は好きです(色々あるのも事実だけど。

ということで、職場でもんもんとして若干こわれました。
今年度も後半戦がんばりましょう。

学会発表と論文の執筆のコツ/おきて

 

  1. 研究成果を公表する義務

研究を行ったら、自分や自施設のみのためだけでなく、世の中のために成果を公表することが大事です。そして、基本的には学会発表だけで終わらせることなく、論文として世の中に成果を残さなくてはいけません。それが研究をすることの基本的な責務です。論文にすることを前提に学会発表しますので、基本的な構成や手順は、学会発表でも論文執筆でも同じであり、多くの場合は学会発表したものに肉付けしながら論文を執筆することになります。

 

  1. 学会発表・論文執筆の手順

・ストーリーの骨組みをつくる

まずは「目的」、「方法」、「結果」、「考察」を再確認して(ちなみに、「目的」「方法」「結果」は成果を発表しようとする前から出来上がっているはず)、それぞれについての話の進め方“ストーリー”の骨組みを作ります。まずは、紙やコンピューターの画面などに、それぞれの要点“ポイント”を箇条書きしたり、フローチャートの形で置いていくとストーリーの流れが明確になります。

・データや文献で肉付けする

つぎに研究で得られた所見“データ”を「結果」に示し、得られたデータに関して、文献で調べたことや考えたことを考察に書き込んでいきます。

・文章を完成させる(論文執筆では本文、学会発表ではポスターの説明文や口頭発表での話すことに相当)

ストーリーの骨組みに肉付けが出来たら、あとは発表用になめらかな文章に仕上げ、内容をわかりやすく伝えるための作業をします。

 

  1. 学会発表(ポスター発表・口頭発表)の特徴とポイント

論文を執筆する前に学会発表をするケースの方が多いと思います。まずは、ストーリーを適切に反映している魅力的なタイトルを付けましょう。タイトルは人を惹きつけるためにも重要です。ポスター発表と口頭発表があり、選べる場合と指定されている場合とがあります。ポスターは多くの学会参加者に見てもらえて、様々な意見を聞けることがメリットですが、示説時間でなくても内容がわかるようにレイアウトを工夫して、最低限の説明文が必要となります。一般に学会では多くのポスターが並びますので研究成果をアピールする効果は口頭発表より薄れてしまうことが多いかもしれません。

一方で、口頭発表は一般に研究成果のアピールしたい際には魅力的な発表形式です。通常、その分野に詳しい先生が座長となり、会場からの質問もその分野に詳しい先生からの場合が少なくなく、多くの聴講者の前でディスカッションをすることになります。発表内容は言葉で伝えて、その補助材料としてスライドを使用します。わかりやすいシンプルなスライドを作成するとともに、限られた時間でわかりやすいプレゼンテーションをすることが求められます。質疑応答でも質疑に対して適切にコンパクトに回答することが必要ですので、事前に職場での模擬発表会などをして十分に準備と対策をしておきましょう。

 

  1. おわりに

 医療現場の問題点を抽出して、その解決のために取り組み、その成果を社会や後世のために残すことは、医療従事者の責務でもあります。そのために、大学、病院、薬局などが協力して取り組んで成果を残し、医療の発展に貢献していくことが、今後の薬剤師に益々求められることになるでしょう。「薬剤師として医療の発展に貢献したい」その想いが一番大切です。

 

参考文献)

川村 孝 著、臨床研究の教科書 研究デザインとデータ処理のポイント、医学書院、2016

山浦 克典ら 著、超簡単!!論文作成ガイド~「研究」しよう~、薬事日報社、2016

本当の仕事 自分に嘘をつかない生き方・働き方/榎本 英剛(著)

皆さんは今の仕事をどうとらえていますか?「仕事をどうとらえるか」「なぜ仕事をするのか」といった「仕事観」人生を大きく左右するほどの影響力を持っています。

本当の仕事 自分に嘘をつかない生き方・働き方/榎本 英剛(著)」という本の内容を少し紹介させていただきます。

 

著者は現代を生きる多くの日本人が持っている代表的な仕事観は、「生計を立てるための手段」「やりたくないことをやる」「既存の職業に自分を合せる」であると言っています。

しかし、これは「モノの時代」の産物で、現在は「ココロの時代」に変化しており、そこでの「仕事観」は、「存在意義」「純粋意欲」「共鳴行動」が重要であると言っています。

(そのこと自体、否定的な意見もあるかもしれませんが、それはさておき)

 

本書では、仕事=「存在意義」ととらえており、それは進化するものとしています。使命感ややりがいとも言えると思います。

 

そして、自分の奥底から湧いてくるような「これがやりたい」という気持ちのことを、「純粋意欲」と呼んでいます。

 

純粋意欲には理由もいらなくて、自然に湧いてくるものだと著者は言っています。また、「問題」から「苦しみ」が生まれ、その苦しみから「純粋意欲」が生まれ、その純粋意欲から「天職」が生まれる、という一つの流れがある、と著者は言います。

 

「存在意義」と「純粋意欲」を持って行動を起こしていれば、同じような想いでいる人たちも、それに貢献したいという共感の想いがでてくる。これが「共鳴行動」ということになります。

 

したがって、世の中に「問題」がある限り、仕事がなくなることは決してない。そして、一人ひとりに果たすべき役割があるということです。

いかがでしょうか? 皆様は、薬剤師としての今の自分の仕事に「存在意義」「純粋意欲」「共鳴行動」を感じられますか?